2026年6月21日夏至:すべてはすでに揃っている
次の世界を目指す夏至
2026年6月21日17時21分、2026年の夏至です。
春に引き続き、制限を超えていくようなエネルギーの2026年の夏が始まります。
「自分が自分であるとはどういうことなのか」
そんなことを考えるような時期です。
人間たちの中で、社会の中で、自分はどんな存在なのか、振り返ってみることになるかもしれません。

自分の「前提」を意識して確認する
世の中には、「当然のこと」と考えられていることがたくさん存在します。
例えば、水は0度で凍り、100度で沸騰しますが、
これは人間が「1気圧の中で水が凍る温度が0度、沸騰する温度を100度」と定義したからそうなっているのであって、基準のほうが後付けです。
多くの人が当たり前のように、水は0度で凍り、100度で沸騰すると認識していますが、「1気圧の場合」という前提が実はとても大切です。
とても高い山の山頂など気圧が低い場所では、水が沸騰していたとしても水温は100度にはなっていません。
水が沸騰する温度が100度なのは、あくまで1気圧の場合です。
これで何が起こるかといえば、平地と同じようにご飯を炊こうと思っても炊けない、などです。
いつもなら当たり前と思っていることができないのです。
「1気圧の中だから」
この前提はとても大切なのですが、案外見落としがちでもあります。
私たちの生活の中でも、同じことをやってうまくいく人といかない人がいます。
やり方を間違えていることがほとんどなのですが、前提の条件を見落としているケースもよくあります。
誰かの教え通りにやってもうまく行かないことがある時、もしかしたら自分は「他の人とは気圧が違う場所にいる」のかもしれません。
その場合、誰かの教えそのままではうまく行かないかもしれませんが、どうすればいいかを考えることができますし、気圧が低い場所の場合のマニュアルを探すこともできるかもしれません。
前提が違えば結果も違います。
だからこそ、自分の前提を確認しておく必要があるのです。

「幸せ」の前提としているもの
例えば、
お金持ちになったら幸せになるとは限りません。
痩せたら幸せになれるとは限りません。
レベルの高い学校に合格したら幸せになれるとは限りません。
有名な会社に就職したら幸せになれるとは限りません。
好きな人と付き合えたら幸せになれるとは限りません。
恋人ができたら幸せになれるとは限りません。
結婚したら幸せになれるとは限りません。
子供が生まれたら幸せになれるとは限りません。
そんなこと、言われなくてもわかっているでしょう。
しかしなぜか、自分が幸せになれないのは「こうなっていないから」と思っていませんか?
こうなったら幸せになる、が成り立たないのはわかっていても、
幸せになっていないのはこれがないから、と思ってしまっている人は多いのです。
なぜか?
「今、幸せではない」の理由を探して、後付けしているからです。
この状態では、前半部分が叶っても別の理由を探すだけです。
お金がなくても幸せな人はたくさんいます。
痩せていなくても、むしろ太ったことで幸せになる人もたくさんいます。
学歴は幸せには関係していません。
就職先も幸せには関係していません。
好きな人と一緒にいること、恋人がいること、結婚すること、子供を持つこと、それは幸せの条件ではありません
もちろん、幸せになるために何かを得ようとすることは尊いことです。
ただ、そろそろ幸せは「条件ではない」と気づくタイミングかもしれません。
痩せたいと思って痩せることは可能ですし、
お金持ちになりたいと思ってお金持ちになることは可能です。
恋人を持ったり、結婚したり、子供を持つことも、これからの行動と選択次第で可能です。
しかし、それと幸せは必ずしもイコールではないのです。
それらがなくても、そうならなくても、幸せであることは可能なのです。

その感覚は本当に自分のものなのか
夏は活発に活動したい季節ではあるのですが、一方でかなり体に負担がかかる側面もあります。
気温の変化も気圧の変化も、当たり前にあるものではあるのですが、人体への負担の要素でもあります。
ウィルスや細菌を拾ったり、暑さで食欲が落ちてしまったり、様々な事情で体調が崩れることは誰にでもあるのですが、体調が崩れている時の感覚は、実はいつもの自分の感覚とはずれていることがよくあります。
なんとなく不安だったり、なんとなく落ち込んだり、なんとなくイライラしたりすることもありますが、これらの感覚は、体調不良自体が原因かもしれません。
お腹が空いた時にイライラすることは多くの人が体験しているでしょうし、ホルモンバランスが崩れた時に悲しくなったり、風邪を引いた時に弱気になったりすることもよくあることです。
体に負担がかかっている時は、体調由来で気分も不安定になるものなのです。
不安を感じたり落ち込んだり、イライラした時もそうですが、不快を感じた時、人は無意識になぜそんな気分になっているのか理由を探してしまいます。
そしてきっとこれのせいだということを勝手に見つけます。
例えば、あの人のあの言葉がきっと嫌だったんだとか、このニュースのせいでこんな気持ちなんだとか、自分の中で納得のいく理由を探してしまうのです。
そしてなんとなく納得のいく理由が見つかると、自分の不快はそのせいになってしまいます。
自分が嫌な気持ちなのは、この出来事のせいだ、この人のせいだ、と決めてしまう感じです。
しかしこれは誤解です。
誤解なのに、誰かのせい・何かのせいと感じてしまうと、その感情は長引いてしまうかもしれません。
そして誤解なので、解決することもできません。
全ての感情がそうであるということではありませんが、出来事が後付けになっている感情も案外多くあるものです。
特に、普段気にならないようなことが気になってしまった場合は、原因を探さず、解決しようとせず、一旦体調の回復に意識を向けると良いでしょう。

すべてすでに揃っている
「足りないと感じること」は不幸の原因と言われています。
欲しいものがない、欲しくないものがある、欲しいものがわからない、
これらは不幸の原因と言われていますが、これらは単純に欲しいものを手に入れたとしても解決するものではありません。
なぜならこれは、自分の前提によるものだからです。
欲しいものが手に入らない、必要ないものが手放せない、何が欲しいのかわからない、そんな気持ちはあるかもしれませんが、その気持ちを持ったままでいいので、
まずは、手に入ったもの、手放せたものについて、意識を向けてみてください。
手に入らないものばかりを追うのではなく、なんの苦労もなく持っているものを見てみてください。
変わりゆく世界の中で、これからはさらに「自分自身の在り方」が全ての基礎になっていきます。
「今もうすでに幸せで、さらに幸せになるにはどうしたらいいのか」
そんなふうに捉えられれば、これまでも、これからも、世界の見え方は大きく変わるかもしれません。
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