2026年8月13日獅子座新月:無限の可能性に向けて
全てが揺さぶられる新月
2026年8月13日2時37分、2026年獅子座の新月です。
各地で大きな出来事が起こっています。
大きな出来事が続くような時に不安にならないなんて難しいことでしょう。
それでも時間は流れていき、世界は続いていきます。
視点を大きく動かして、状況を冷静に判断することを心がけてみましょう。

知らないと選べないこと
「自分は球状のものを投げるのが好きだ。だから野球がやりたい」
と思っているとします。
自分の好きなものを理解し望む方向を目指していますが、実はここに大きなポイントがあります。
この人がその後に、例えばハンドボールを知ったとして、こっちの方が面白いと思うかもしれません。
水球を知った時、こっちの方が好きだと思うかもしれません。
砲丸投げを知った時、自分のやりたかったことはこっちだったと思うかもしれません。
どれも球状のものを手で投げる競技です。世界にはもっと多く「球状のものを手で投げる」競技があるでしょう。
それなのになぜ「野球だ」と決めていたかと言えば、その時はそれしか知らなかったからです。
自分の望みを正確に把握していたとしても、自分の知識が及ぶ狭い範囲だけを見ていると、自分の選択肢を逆に制限してしまうことがあるのです。
「球状のものを投げるのが好きだ」というとても具体的なことがわかっていたとしても、「だから野球」と直結させてしまっては、本当に自分が望んでいるものには辿り着けないかもしれません。
「だから野球」と決めるのがいけないわけではありません。
「自分は球状のものを投げるのが好きだ」と「野球がやりたい」を分けて理解しておく、
または逆に、「野球がやりたい」「自分は球状のものを投げるのが好きだからだ」と捉えるようにすることで、
知識が増え経験が増えて行けば、より自分に合ったもの、好きなものを見つけられるかもしれません。

制限をかけているのは自分
球状のものを投げるのが好きな人が、自分には野球しかないと思っているとして、
それが問題であることはほとんどありません。
自分が好きだと思うことに打ち込めるのだから、人生は明るく楽しくなるでしょう。
しかし、野球を続けていって何かの壁にぶつかった時、この制限は大きな問題を生んでしまうかもしれません。
「球状のものを投げるのが好き」と理解して、他の競技もあるけれどその中から野球を選んでいる場合と、
「球状のものを投げるのが好きだから野球しかない」と認識している場合とで、進める道が全く違うのです。
意図的に野球を選んでいた時、違うかもと思ったらもしかしたら別の道があるかもと新たな可能性を探せますが、
野球しかないと思っている時、違うと感じたとしてもそこにしか道がないと感じ行き詰まってしまうのです。
もちろんこれは極端な例えです。
とはいえ、根本は「球状のものを投げるのが好き」なのだから、そこから先の道はとてもたくさんあるはずなのに、
「だから野球じゃないと」と思った途端に壁が現れてしまうのです。
こういった考え方に陥ってしまうことは誰にでもあることではあります。
人生が行き詰まってしまったと感じている時、自分自身で何かしらの制限をかけてしまっているものです。
それが好きで目指していることである可能性もあるのです。

多くを知ることで可能性は増える
可能性も存在している道も無限ではあるのですが、選ぶことができる道には一定の制限ができてしまうこともあります。
その制限は、自分自身がかけているものです。
社会的に、常識的に、マナーとして、モラルとして、守った方が良い制限もあります。
一方で「知らないこと」で制限になってしまうこともあるのです。
そこに道があると知らなければ選べないし、探さなければ見つけられないかもしれない。
探せばあるし、見つければ選べる。
行き詰まっていると感じている時、もしかしたら新しい知識を得て新しい道を探すチャンスなのかもしれません。
自分の「核」となる部分をもっと満たせる道があるかもしれないのです。
まだ見ぬ世界に意識を向けてみましょう。
あなたにはまだまだ多くの可能性があるのです。
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